KHJ高知県やいろ鳥の会

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私たちの声


~ひきこもり整体師のひとりごと~

令和4年12月第14回

自己紹介:楠永洋介

小学校3~4年を不登校、次いで中学校1年2学期~2年生を不登校、義務教育期間中は正味5年程しか登校していません。定時制高校を卒業後、進学、卒業を拒否して祖父の遺したお金でネットスクールや、ワークショップ、FXなどを経験してお金を溶かしました。なんやかんやあって結婚後、2人の子供を授かる。現在、農業、整体業、塾講師等で生計を立てる。

暮れも差し迫る頃と存じますが、みなさまお変わりないでしょうか?こちらも変わりないことと願いつつ、今月のお話をさせていただきたいと思います。今月はやいろ鳥の会、坂本会長とのメールによる往復書簡を掲載いたします。事は私が去る10/30の高知家地域共生社会フォーラムに参加する日に坂本会長からメール頂いた事に端を発します。

坂本会長(以下会長)

今日のフォーラムには仕事で参加できませんがよろしくです。ところで、嫁さんの体調が思わしくないのでしょうか。腎臓に問題が無ければアロエベラを鹿栽培して葉肉を食べることをお勧めします。私は7年間続けていますが、今の状態を保てているのはアロエのせいかもしれないなと思っています。子株をプレゼントしますので大型のプランターで育てることができますが、冬場氷点下になれば枯れます。防寒対策が必要です。

ひきこもり整体師(以下整体師)

おはようございます。

嫁さんは今はすっかり元気ですので大丈夫です。お気遣いありがとうございます。一つ聞きたい事がありましたが、かまいませんか?坂本会長は何かしらの理由でアロエが無くなったらどうします?

会長

何かの理由で世界中に分布しているアロエが伝染病のようなもので絶滅したら、以前のサプリに帰ります。私にとってのサプリは順次進化してきているので一番進化したものが無くなれば以前使っていた二番手で我慢します。

アロエベラが組織的に使われたのはBC333ギリシャはイッソスの戦いでマケドニアのアレキサンダー3世が将兵のためにインド洋西北にあるソコトラ島から軍船でアロエベラをしこたま戦場に運び込んだとの記録があります。それを進言したのはアリストテレスという事です。衛生管理や傷の手当に使ったようです。当時エジプトからインドあたりまでアロエベラは医薬品として利用されていたらしい。最古のものでは4000年位前のものと見られるミイラの棺の中にパピルスに書かれたアロエの食べ方と効能についての医学書のような物が見つかっている。それから2000年、クレオパトラも美肌と健康のためにアロエベラを愛用していたとの事です。江戸時代の医学者貝原益軒は 和名・ろかい でアロエベラを紹介しています。別名医者いらずと言われていますがそこまででの効能は無いと思います。

整体師

昨日のフォーラム良い人に恵まれて、楽しい会となりました。(時間は短かったですが)以前のサプリに戻るとの事。僕の抱える問題はなかなか難しい問題だなと、改めて思いました。

会長

良いフォーラムだったとのこと、良かったですね。難しいという問題はどんなことでしょう。

整体師

はい。つまり、死をどう受け入れるかという問題かも知れません。死は誰にも平等にありますが、恐らくみんな受け入れがたいものでもあります。また、自分の死は受け入れられても、愛する人の死はまた受け入れがたいものでしょう。そしてそれらを遠ざけるもっともシンプルな方法は健康であることです。しかし、健康であるために何かが必要であるとすれば、それを常に必要とし、それがなくなれば不安になるというのはまた一つの病であろうとも思うのです。僕は曲がりなりにも人の身体に関わるものとして、病といわれるものと向き合います。そうして、本当の健康というものが、頼ることなく我が身一つであることではないかと思う事もあります。そうして我が身一つで自分と向き合い、病を治すものでは無く、経過するものという捉え方をすると、病院などにかからず明日死ぬこともいとわずということにもなろうかと思いますが、その「思想」にすがり、執着してしまえばそれはまた新たな病となりましょう。今までは「どう生きるか、どう見守るか」という時間でしたが、これからは「どう死ぬか、どう看取るか」という事をいやでも考えなければならない時間が来ると思います。それは僕や坂本さんだけの話ではなく、若い人も含めた人々の話だと思います。そして今が先送りにしてきた、すでに分かっていた悲しい現実とどう向き合うか?僕の今の考えることです。

人をコントロールしようとする人と、思うようにならない人の話は色んな古典にも出てきますね。最近知った「火宅」もまさにそうでしょう。「気づきは外から与えられません。」この悲しい現実をどう受け入れるか、色んな工夫はその先あろうかと思います。

会長

私も若いころ、10代後半から20代、死について考えていたように思います。その時には死をどう理解したらいいのかという所で、人間が感じる死と自宅で飼っていた犬が死をどう理解しているのかということを考えていました。自分と他の動物と比較するという事をしていました。

犬は死を死そのものとして感じ取り受け入れていたように感じます。人間は死を喪失として理解しようとしていたと思います。その結果他の動物のように死をそれとして受け入れるのではなく喪失乃至は断絶という形で価値化しているように思います。それは人間にとって大変な苦悩、それを持つようになった動物としての、でありそれから逃れたいと思うようになりました。それが宗教だと思います。人間は死に対してマイナスの価値を感じてしまうのではないかと思います。そういう感じ方に別の価値づけをするのが宗教の役割ではないかと思います。さらに人間は価値を問う動物なのです。人生の価値という永遠の課題を有史以前よりずっと問い続けています。直接人生の価値を問うという行為を続けていますがこれが正解というものはまだ見つけていないのではないかしら。宗教はそれを信じる者には一定の結論を示してくれますが信じない者は自分で探さなければなりません。

それに別の考え方或いは問い方を持ち込んだのがビクトール・エミル・フランクルです。彼は人生とは何かを考えるよりも、人生から自分は何を要請されているのかという考え方を提示しました。そうすることで自分と度分の人生というものの関わり方乃至は位置関係が別角度で見えてくると思います。つくづく人間の感性とは厄介なものだなと思います。

整体師

 それが坂本さんの死生観なのですね。この往復書簡でなんとなく僕が死をどう捉えているか見えてきた気がします。僕はどうやら死を「現在人間の知覚できない領域」と捉えているようです。だから、「現在人間の観測できる宇宙の外側」や「地球の内部構造」とかの科学的な考えに基づく「今は分からかない」話と、「死」は僕にとっては色んな面でイコールに近いですね。そして話は少し飛躍するかもしれまんが、人間は様々な分野で研究を進め、様々な事を「判明」させてきた。という前提ですよね。そして判明させた法則に則り技術革新を続けてきました。専門職が生まれ、自分が直接関わらなくても衣食住の技術の恩恵を受けられるようになりましたね。

これは人類の進歩と賞されるますが、今一度立ち止まり考えてみると、故河合隼雄氏が「ふたつよいこと、さてないものよ」と言ったようで、これを胸に物事を見るなら、人間は技術の恩恵を受ける度何かを失ったと言えるかもしれません。例えるなら今の僕が家を建てる技術や農耕のノウハウなどを全く知らないように、昔なら「知ってて当たり前」「出来なきゃ生きていけない」が出来なくなっています。ここから未来を予測するなら、現在研究目覚ましい車の自動運転システム等が完璧になれば今僕が出来る「車の運転」は失われた技術となるでしょう?

ここからまた更に飛躍すると、未来には「困っている人がいたら声をかける」とか「他の人に礼や義理を顕す」という事は当たり前では無くなっていって、最終的には「優しさ」や「思いやり」は特殊技能となるかと思います。そんな事を予感させる出来事を目の当たりにしました。その時から宗教とはもしかしたら「目に見えないものに目を向ける」為の学問なのかも知れないと思うようになりました。

会長

死の持つ意味については人それぞれで構わないと思います。自分にとって受け入れやすい形で受け入れるのが良いと思います。死の持つ生物学的意味と、人が感じる哲学的意味とは別のものであるように思います。随分前のことですが、ある人とのやり取りで私とその方の思いの違いを知ることになりましたがそれはそれいろいろあって良いのだろうと思います。死について考える事はその前提として生きることを意味づける、どう生きるのかという命題と対をなしているように思います。変な言い方ですが、よりよく死ぬためにはよりよく生きる事が前提になっているようにも思います。自然体で生きるなら自然体で死んでいくことを受容しなくてはならないかと思います。どうしてもそうでなければならないという訳ではなく、人間がどう生きるかと自らのことを考える結果として、どう死んでいくのかということも準備されていくのではないかと思います。

 生きるも死ぬも成り行きに任せることができれば、他の動物のように苦悩することから解放されていくのかもしれませんね。昔々は成り行き任せの生き方が沢山あったのかもしれませんが、人間は成り行き任せの生き方について満足できにくいのではないかと思います。何故なら生きる意味を問う動物になってしまったからではないでしょうか。人間の性質として、意味を問うという行為は厄介だなと思います。生きる意味を問うということをずっと昔から続けてきたと思いますが、それは言葉で表記できる事なのかしらと思う事があります。言葉で言い表せることは思考することができますが、死とは果たして人間の思考に収まってくれるのでしょうか。かなりの程度は理論として死について考えることができますが最後には何か言葉にできないものが残るように感じています。それが何か私にはよく分かりませんが、それは納得できるとか受け入れるという感覚の何かではないかと思います。何か宗教っぽいことになるのかもしれませんが、人間を超えたところの何かという表現に近付くのかなと思います。

技術確信が進んで自動運転が広く社会に広がっても人は物を操るという歓びを忘れることはないだろうと思われます。移動手段の効率化だけを目指して技術が進歩しても人の魂は簡単には変われないのではと思います。馬に乗ったりバイクを操ったり舟やサーフィンもそうだろうと思いますが、実用と実益だけでは人間は生きていきづらいのではないかと思います。組み込まれた本能は簡単には変わってくれないと思います。体の底から湧き上がる欲動は人間が生きている証かもしれません。文明的だと思っている人からすれば野蛮だと言うかも知れませんが、人間の奥深くにあるものはそう簡単に変わらないと思います。

しかし、そうしたものは状況によって良くも悪くもなり人の安全を脅かすこともあるかも知れません。れそをうまくコントロールするのは人間の理性なのかもしれません。人間の理性として大事なことは自分を理解する力なのかもしれないと思っています。

整体師

 死は人間の思考に収まるだろうか?というのは共感いたします。「不立文字」という言葉の通り、とても言葉や文字であらわせるものではないでしょう。しかしそこで思ったのですが、人間はみんな死を感じます「死ぬかと思った」とか、「肉親が亡くなった」とか。これは事実でその人本人の死の実感とはまた違うものですが、「死ぬかと思った。が、生きてる」や、「肉親が亡くなった。が、実感がない」というのは本人とって結構リアルな死の実感で、また反証的に生きている実感にも通じている気がします。

そしてそれらの実感は遠のいているように感じます。自分の身に迫る危険や、他人の死に触れる機会は減ったように思います。生き物の生理としては、当然かも知れませんが「畏れ」の感情は人間の持つ豊かな感情の一つだと思います。その感情は僕自身にもあり、それは幼少期に海で遊んでいた時、波に揉まれて死ぬかと思った経験が今でも「ならぬものはならぬ」という教訓めいた認識を「畏れ」を伴って僕に残しています。

話は戻り、人間の思考や言語には収める事の出来ない範囲は確かにあり、しかしそれを「出来ぬからせぬ」というのはしたくないな。と自分は考えています。もちろん「言語化不可能」というのは同意した上で。何故なら自分にとって「出来ぬからせぬ」は「死ぬから生きぬ」とほぼ同義だからです。僕が整体をやるのは言語化不可能の分野にアプローチするためでもあるでしょうが、僕が「出来ぬがする」事をするのは「死ぬとて生きる」事の体現、表現に他ならないのだろうと、今回の坂本さんとのやり取りの中で言語化させて頂きました。ありがとうございます。

長くなりましたが、今月はここまで。来月は上記の書簡を改めて眺めて感じた事を書こうかと思っています。最後までお付き合い頂きありがとうございました。

楠永

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